少しだけ、何も考えずに自然の中に佇みたいと思い、都立滝山公園を訪れた。
今にも雨が降り出しそうな空。
公園を歩くにはどうだろうかと迷うような天気だったけれど、
だからこそ、訪れる人も少なく、静かな時間が流れているのではないかと、少し期待していた。

初めて訪れる場所で、駐車場の場所がわからず、
案内の看板を素通りしてしまった。

公園の目の前にあるはずだと思い、
あたりをぐるりと回ってみたけれど見つからない。
結局、素通りした駐車場に戻ることにした。

どうやら、公園の入り口は、
駐車場から歩いて2分ほどの場所にあるらしい。

折りたたみ傘を持っていることを確かめ、
「滝山城跡入口」と書かれた緑の看板の方へと向かう。

途中、庭先で椎茸を販売している農家があった。
一袋300円、500円と、値札の下に並べられている。
よく見ると、指を大きく広げたくらいの大きさのお化けサイズ。
グリルで焼いて、オリーブオイルをかけて食べたら美味しそうだ。
帰りに、忘れずに買っていこう。

前から、リュックサックを背負った中高年のご夫婦らしき二人が歩いてきた。
きっと、公園を散策してきたのだろう。
ここから先は、いったいどんな風景が広がっているのだろうか。
その二人が通り過ぎるのを見送りながら、胸が少しずつ高鳴っていく。

再び歩き始めると程なくして、道が細くなり、侵入禁止の案内板が見えた。
あれ、間違えたかな。
よく見ると、「一般車両侵入禁止」と書かれている。
なるほど。だから駐車場が少し離れた場所にあるのかと納得。

竹に囲まれた、細い坂道を進む。
「三の丸」と書かれた看板があった。

そのそばには、都立滝山公園の案内とともに、
滝山城について詳しく書かれたボードが立っている。
スマホのARアプリを使うと、
かつての山城の様子を見ることができるらしい。
滝山公園は、その範囲とほぼ重なっているという。

北条氏照によって築かれた、関東屈指の山城。
その後、氏照が八王子城へ移ったことで、滝山城は役目を終えた。
今はこうして、自然の中に静かに残っている。
看板の説明にあるようにアプリをダウンロードし、
スマホをかざして、昔と今を重ねてみた。

落葉した木々の中を、ゆっくりと歩く。
思っていたよりしっかりした山道だ。

くるぶしまであるハイキング用の靴を履いて来たほうが良かったかな。
おろしたての街歩き用のスニーカーを履いてきたことを、少し悔やむ。

足元を見ると、枯葉がくるんと丸まっていた。
まるで、マカロニのようだ。

少し進むと、本丸跡に辿り着いた。
そこだけ少し開けていた。

いや違う。どうやら、ここは「中の丸址」らしい。
公園の正面入り口はここから近いようで、トイレもあり、観光客が休むための広場になっているようだ。

そこでは、テーブルを囲んでお弁当を広げている人生の大先輩レディたちグループの姿があった。
みんな、楽しそうだ。
ふと、自分もパンとコーヒーを持ってきていたことを思い出した。
でも、食べるのはここではない。
もう少し先へ進んでみよう。


人気の少ない本丸址の奥まで進むと、
多摩川や狭山丘陵、秩父の山並みを望むことができた。

うわあ、見事な眺め。

最初は、雨が降ってもいいと思っていたけれど、この景色を目にした途端、むしろお日様が出ていてくれたらと、そんな気持ちに変わった。

観光の中心といえば本丸なのだろうけれど、そこは静かで、人の姿もまばらだった。
ベンチもある。

せっかくだから、ここで少し休憩することにした。
本丸というだけで「せっかく」と思えたことが、なんだか嬉しかった。

ポットに入れてきた熱いコーヒーとパンが、いつもより美味しく感じられる。

滝山公園は桜の名所だという。
きっと花見の季節には、こんなふうに静かにコーヒーを楽しむことはできないのだろう。
大きく深呼吸をすると、すうっと、身体の疲れがほどけていくような気がした。

しばらくすると、
バズーカ砲のような望遠レンズをつけた一眼レフを首から下げた男性が、こちらへ歩いてくるのが見えた。

彼に、この特等席を譲るとしよう。

私は立ち上がり、さらに奥へと進んだ。
金刀比羅神社や木の橋など、いくつかの見どころを巡りながら、
思っていた以上に広い公園に、少し驚きながら歩き続ける。

そのときだった。

あたり一面が、銀色に輝いている。
雪が降ったのだろうか。
枝が灰色に見えるのか。
一瞬、何が起きているのかわからなくなった。

どうやら、桜の名所といわれる大池址らしい。
広い谷いっぱいに、桜の木々が広がっている。

私が銀色に見えたのは、その桜の木々だった。

よく見ると、白に近い淡い桜色のつぼみが、静かに膨らんでいる。

しばらく、その光景に見とれてしまった。

思い出したようにスマホを取り出し、そっと写真を撮る。
先ほど本丸で見かけた一眼レフの男性のことが羨ましいと思った。

きっと、この景色は、明日にはもう変わってしまうのだろう。
こういう瞬間に出会えたことに、ただ感謝だ。
そして、この景色に会えただけで、ここに来た甲斐があった。

そのあとも、しばらく森の中を歩いた。
可愛らしいヒメカンスゲの花、柊南天の黄色い花、白い馬酔木の花が、春の訪れを告げている。

ほんの少しの時間だったけれど、ちょっとした山歩きをしたような気分になれた。

帰りに、忘れずに椎茸を買い、駐車場へと向かう。

相変わらず空はどんよりと曇っていたけれど、
私の心の中には、やわらかな陽だまりが広がっていた。

→花手帖

【滝山公園について】

東京都八王子市にある都立公園。
滝山城跡としても知られ、自然と歴史を感じながら散策できる場所。