えりも岬 風と共に生きる人々の想い

地元住民の信念が生んだ『えりも式緑化工法』

森林が雑草さえ生えない荒野に。

豊かだった森林が赤土が舞い上がる荒野「えりも砂漠」に変貌してしまった過去があります。
漁業で生計を立てていた地元住民は暮らしが困難になり、森林の再生を心から望み続けました。

豊かだった土地が荒野に変貌

今から300年以上前、えりも岬は、アイヌの人々が、海藻類や、魚介を採って暮らしていたといわれています。当時、このあたりは広葉樹の森林で覆われていて、アイヌの人々は木々のおかげで厳しい冬を乗り越えていました。

しかし、明治時代に開拓民が移住するようになると、状況が一変。移民の人々によって、馬や牛、緬羊の放牧地の開拓が進み、燃料として木々を次々と伐採していったのです。そして追い打ちをかけるように、バッタの大群による被害が発生。豊かだった土地は、雑草さえ生えない悲惨な状態へ変貌。人が増えるごとに、森は少しずつ消え、表土が露わとなった大地には赤土が残りました。

日高山脈から吹き下ろす「だし風」と海から吹いてくる「やませ」がぶつかって、強い風が吹きます。その強い風に吹かれて赤土が舞い上がるようになりました。豊かだったえりも岬は「えりも砂漠」と呼ばれるまでに荒野になってしまいました。

さらにこの赤土が、海を濁しました。飛砂となって沖合10kmまで達してしまったのです。

濁った海では、宝の昆布も泥昆布。海藻類も根っこが腐ってしまい採れなくなり、魚は激減。

家は戸や窓を締め切っても、どこからか砂が入り込んでしまいます。砂は人間の生活も脅かしました。

衛生状況は悪い、魚は採れない。えりもの人々は生活が困難に陥りました。

悲しみに暮れる中、地元の昆布漁師さんが「俺たちの手で、海と故郷をよみがえらそう」と立ち上がります。

草を根付けることに試行錯誤

昭和28年、えりも治山事業所が開設。

当時の札幌営林局が、人々の声に応えて、岬の緑をもとに戻す取り組みとして地元住民とタッグを組んで、協働による岬緑化事業が始められました。緑化事業の第一歩は、荒れた土地に草を根付かせること。雨によって土砂の流失。風によって砂が飛ぶ。さらに種や肥料も飛ばされてしまう。

雨や風に負けずに草を根付かせるためにはどうしたら良いのだろう。

何をやってもうまくいかず、頭を抱える日々が続きました。

飛砂を救った厄介者のゴタ 

そんな苦しい日々が続いているなか、緑化事業に一筋の光が差し込みます。昭和32年、「ゴタ」で種と肥料を覆い、種の飛散を伏せぐことに成功したのです。

「ゴタ」とは、時化の後などに海岸に打ち上げれれた細かい雑海藻のこと。海が荒れると、ちぎれた海藻が打ち上げられて色々とゴタゴタ混じっていることから、えりもでは、「ゴタ」と呼ばれていました。ゴタは地面に張り付いて取り除くのも大変。厄介な存在。しかし、そのゴタを荒地に運んで種の上に敷き詰めたところ、種が風から守られて芽吹いたのです。

畑の栄養にもなります。ゴタを利用して種の飛散を防ぐ方法『えりも式緑化工法』の誕生です。

こうして、緑化が進みました。また、流氷によって海の底に溜まった砂を流すことに成功。昆布がえりもに戻りました。

「俺は昆布漁師だが、半生は山に欠けた。漁師だから、海のことだけを考えていればいいんでない。やまがあれると海もあれるんだ。50年経って、こころから思う」

漁師の常雄さんの言葉

『よみがえれ、えりもの森』文・本木洋子より

えりも国有林

現在、えりも岬の東側沿岸には細長く延びる沿岸林があります。標高5〜70m。面積は、約419.57haを有します。飛砂防備保安林、魚つき保安林に指定されています。

また、2024年には、それまであった日高山脈襟裳国定公園から、面積を2倍に広げて、国立公園「日高山脈襟裳十勝国立公園」に指定されました。

*魚つき保安林:水面に対する森林の陰影の投影、魚類等に対する養分の供給、水質汚濁の防止等の作用により魚類の生息と繁殖を助けます。

*飛砂防備保安林:海岸の砂地を森林で被覆することにより飛砂の発生を防止し、飛砂が海岸から内陸に進入するのを遮断防止することにより、内陸部における土地の高度利用、住民の生活環境の保護を図る役目があります。

海岸林は「日本の白砂丘青松100選」

海岸林は、クロマツを主体に、広葉樹のカシワ、アキグミ、イタチハギなどを植栽。継続的に海岸林の再生に力を注いでいます。「日本の白砂丘青松100選」に選ばれたほどです。

えりも岬に向かう途中、アキグミの爽やかな白い花が咲いていました。葉っぱがグレーかかっていて優しい雰囲気です。秋には赤い実がなるそうです。

風と共に生きる人々

昭和28年の緑化事業の開始以降、地域では節目節目に記念イベントなどの行事を行って、この地の森林について語り合っています。

昭和58年には、「えりも岬」を守る会が設立され森林再生活動を進めています。令和5年、えりも岬緑化事業の70周年を祝った、記念行事「2023 リン子とルンルン海の森づくり」が開催され、記念の植樹が行われました。緑を蘇らせた情熱、成功までの苦労などの歴史を風化させることのないように、岬と森林の大切さは、この先永遠に語り継がれていきます。

えりも岬の風と緑を守る人々

岬まで続く道は、北海道らしくまっすぐ遠くまで繋がっている。青い空と緑、青い海。豊かな自然が心を潤してくれます。さすが北海道。緑が豊か。

この風景が当たり前のように感じるけれど、当たり前ではなかった時代があったのですね。この緑が根付くまでには大変な苦労があったことを知りました。

次に襟裳岬を訪れるときは、風を感じながら、この地の地形と歴史と人々の暮らし、岬と緑を守る人々に思いを馳せたいです。

*参考資料

『よみがえれ、えりもの森』新日本出版 文・本木洋子 絵・高田三郎

日高南部森林管理署治山課『地域住民と協働の海岸防災林造成』