vol.1 わからないことだらけの、はじまり
川の州に晒の白や
私が最初に糸工房「森」を訪ねたのは、2025年6月某日。
その日は、夏が始まったばかりだというのに、異常なまでに暑さが厳しかった。
糸工房「森」のことは、インターネットで、五日市方面の観光案内を眺めているときに知った。東京あきる野市(旧五日市)で幻の絹織物「黒八丈」を復活させた人がいる。との記事を見て、好奇心をかき立てられた。ただ、話を聞くだけでは失礼だろうか。今すぐ黒八丈の着物を買うとか絹織物の小物を買うという目的があるわけではないので、悩んだけれど、結局出かけることにした。
工房近くで電話をかけた。
「今から伺いたいのですが……」。
すると、
「どうぞ、どうぞ」
と飾らない声が返ってきて安堵した。
糸工房「森」の入り口には、藍色で描かれた味わいのある暖簾がかかっていて、そこには与謝蕪村の俳句が書かれていた。
川の州に晒の白や
梨の花与謝蕪村
その暖簾を見ただけで気分が高揚してしまった。

黒八丈の「黒」との出会い
チャイムを鳴らすと、森さんが出迎えてくれた。
ネットの記事で、顔を見ていたので、すぐに本人であるとわかった。
通された部屋の壁には絹織物で作られたベストやバッグ、装飾品などの作品が飾られていた。
それらが黒八丈の品々だろう。
黒のようで黒ではない。
焦茶色ともいえるけど茶色でもない。
なんとも言えない深みのある色。
角度によって輝きに変化が合うのか、ほんの少し違って見えた。
その色に吸い込まれるようで、気がつくと口を開けたまま固まっていた。
「これが、黒八丈ですか?」
森さんが頷いたのを見て、
「なぜ五日市で黒八丈なのですか?」
とありきたりな質問をしてしまった。
おそらく、これまでに何度も何度も同じ質問をされていることだろう。
不快な思いをさせてしまったかもしれない。
ろくに下調べもせずに、来てしまったことに申し訳ない気持ちが生じた。
しかし、森さんは、嫌な顔ひとつせず語ってくれた。
「もともと、五日市の特産品だったんですよ。
この色、綺麗な黒でしょ?何回も繰り返し染めてこの色になるんですよ。これで20回くらい染めたかな」
20回繰り返し染める?
私は、聞き間違ったのではないかと思って、
へえ~という言葉を口にせず、ただ首を大きく前後に振った。

森さんが黒八丈のことを知ったきっかけ
「黒八丈のことを初めて知ったのは、『五日市町史』という歴史の本だったんですよ。確か37歳くらいの頃だったかな。本を読んで衝撃を受けました」
そう言いながら、10cm程の厚みがある本、『五日市町史』を手に取って、五日市の黒八丈について書かれているページを開いて見せてくれた。

「五日市という地域のブランドがあったということに驚きですよ。しかも当時、何軒も手がけている人がいて、絹織物の産地だったんです。この地区だけでも18軒と書いてありますがもっと多かったのではないかと思います。 範囲は日出町、旧秋川、秋川流域にまで広がっていたようです」
続けて、別の冊子を見せてくれた。
そこには、歌川広重が描いたとされる江戸の寿司売りが描かれていた。
そして描かれている寿司売りの首のあたりを指差して、ほんの少し興奮気味に教えてくれた。
寿司を売る男性の首元には、黒い布が描かれている。
半衿の内側に喉を覆い隠すように巻いているようだ。
「これが江戸時代の粋だったんですね」
「五日市」と呼ばれる黒八丈は、江戸時代には粋なアイテムで、人々の憧れの象徴だった。
森さんは続けて、こう教えてくれた。
「芸者さんのように、ちょっと粋な方が好んだんじゃないかと思うんですよ。黒八丈は、そういう粋筋の方が上手に使うと、非常にカッコよかったんじゃないでしょうか」
なるほど。派手ではないけれど、わかる人にはわかる。
そんな奥ゆかしさが、江戸の粋人たちの心を捉えたのだろう。
しかし、時代の流れとともに、黒八丈を作る職人は減少し、「五日市」は途絶えてしまった。
森さんの会社、有限会社森縫合糸製造所は創業83年になるが、その間、誰も黒八丈を作っていなかったという。
およそ80年もの空白があったことになる。
「私は糸屋のせがれ。この地で育ったものとして、五日市の黒八丈を復活させてみたいと思ったんです」
五日町史を読んだことに衝撃を受け、黒八丈を蘇らせたい。
思いはどんどん強くなった。
しかし、五日市町史は歴史書。
技術本ではない。
当時の様子の説明はあるが、材料は何で、どのようにして糸を染めたのか、どのようにして黒八丈を作ったのか、という知りたい情報を得ることができなかった。
「わからないことだらけで、苦労の連続でしたよ。でも誰かが残さないとと思うんです。他の地域で作っても、『五日市』とはいえないでしょうしね。ここで頑張るしかないんです」

有限会社森縫合糸製造所では普段、動物用の手術糸を製造している。
訪れた日、機械は動いていなかったが、作業場も見せてくださった。
根付けに詰まった物語
帰り際、陳列してあった小さな根付けが気になった。ひとつに色の異なる玉があった。
「これらの色が違うのは染める回数が違うということですか?」
手のひらに乗る小さな根付け。
白、ベージュ、グレー、黒になる途中の色がここにあった。
「これは1回かな。これは10回、こっちが20回」
森さんは、ひとつひとつ手にとって説明してくれた。
この根付けには、黒八丈が出来上がるまでの物語が語られていたのだ。
気がつくと、「これ、いただけますか」と言っていた。
糸工房「森」では、毎年11月初めに展示会を開いているという。
その展示会では、一年間取り組んできた黒八丈の作品が並ぶのだそうだ。



6月の五日市は、鮎釣りが解禁される。泥染の泥を洗い流すための、川には釣り人が増えはじめる。
「川での作業は難しくなるから、泥染を見るなら、冬の方がいい」
そう教えてくれた。
帰り道、助手席に根付けを置いて、時折眺めながら運転した。
「泥染を見るなら、冬の方がいい」という言葉が、ずっと頭の中で響いていた。
と同時に、さまざまな疑問が浮かんできた。
黒八丈のなんとも言えない深みのある色。
あの色はどのようにして生まれるのだろうか。
同じことを20回も繰り返すとも言っていた。
ところで、なぜ「黒八丈」と呼ぶのだろう。
八丈といえば、八丈島に伝わる伝統的な草木染めの絹織物ではないのか?
まだ、何もわかっていない。
何を聞けばいいのかもわからない。
黒八丈について、調べてみよう。
そう思いながら、五日市を後にした。