坂本直行(さかもとなおゆき)1906-1982

山岳画家。六花亭の包装デザイン、児童詩誌『サイロ』の表紙を描きました。龍馬の夢を継いで北海道の開拓と自然への愛を生涯貫き、日高山脈などを描いていました。

山を歩き、花を描き、大地の息吹をキャンバスに残した人です。

十勝の自然に育まれて

坂本直行(さかもと なおゆき、1906–1982)は、北海道・釧路に生まれました。明治から大正にかけての北海道は、まだ手つかずの自然が広がり、厳しい気候のなかで人々は大地と向き合いながら生きていました。直行(なおゆき)ですが、「ちょっこうさん」と親しまれていたそうです。郷土坂本家八代当主。坂本龍馬の子孫。坂本龍馬が、直行の祖父・坂本直寛の叔父。龍馬の姉・高松千鶴が、直行の曽祖母。

少年時代から自然に親しんだ直行は、十勝平野を吹き抜ける風や、季節ごとに姿を変える山々を愛しました。北海道帝国大学農学実科に進み、山岳部に所属して本格的に登山を始めます。同大学山岳部の創立メンバーのひとり。南アルプスや日本アルプスを縦走した経験は、のちの画業の原点となりました。


山岳画家としての歩み

卒業後、園芸の会社に就職、その後、十勝、広尾村で友人の誘いで開拓民となります。農業を営みながら絵筆をとり続けました。やがて彼は「山岳画家」として知られるようになり、北海道の大雪山、日高山脈、知床などを歩き、その風景をスケッチと油彩で描き残していきました。

直行さんの絵には、単なる山の写実以上のものがあります。画面に漂う冷たい空気感、溶け出す雪解け水のきらめき、草花の香りまで伝わってくるようです。山を知り、山に生きた人だけが描ける風景。彼の作品からは、自然と人間が共に生きるための「距離感」が伝わってきます。


六花亭の包装紙デザイン

坂本直行を多くの人に知らしめたのは、北海道を代表する菓子メーカー「六花亭」の包装紙デザインでしょう。昭和36年(1961年)に、帯広千秋庵(現六花亭)社長の小田豊四郎が、直行さんのデザインした花が描かれている包装紙を使用開始しました。白い紙に、エゾリンドウ、ハマナス、エゾリスゲなど、北海道の野に咲く花々が生き生きと描かれています。華やかすぎず、しかし確かに息づく色彩。その包装紙は、今でも、旅人が手に取ると北海道の大地をそのまま持ち帰るような、不思議な存在感を放っています。

(六花亭の小田豊四郎さんの記事はこちら→)

私自身も、子供の頃から六花亭のチョコレートが大好きで、この包装紙をよく目にしていました。包み紙に描かれた花々があまりにも美しくて、チョコレートを食べ終えた後も、捨てられずにしまっておいたことを覚えています。この包装紙を見ると、六花亭。六花亭イコールチョコレートという感じでインプットされていました。

数年前、北海道中札内にある、六花亭の施設。「六花の森」へ行った時に、坂本直行さんを知り、この人が包装紙の花を描いたことを知りました。


絵に込められた思い

直行さんは、単に美しい景色を描くのではなく、自らが歩き、汗を流し、時に危険を冒して見た「体験としての山」を描きました。山頂に立ったときの感動も、吹雪の中で道を見失いかけた不安も、彼の絵にはどこかに痕跡として残っています。

また、北海道の開拓とともに生きた農民としての目も忘れませんでした。農地の広がりや、四季折々の農作業風景も彼のモチーフのひとつ。そこには「人間もまた自然の一部」という直行の視点が宿っています。


坂本直行から受け取るもの

絵を眺めていると、ただの風景画を超えて「生きること」そのものを感じます。自然を征服するのではなく、自然の中で共に呼吸する。そんな謙虚で静かな心が、色彩や筆致の奥に漂っているのです。

旅の途中、六花亭のお菓子を手にしたとき、その包装紙に描かれた花々を見るだけで北海道の風がふっと吹いてくる。そこに坂本直行の心が生きているのだと思うと、何気ない日常が旅の記憶と結びつき、優しい時間をもたらしてくれます。

山を描き続けた画家の視線は、遠い頂だけではなく、足元に咲く小さな花にも注がれていました。私たちの暮らしもまた、その花々のように、大地の一部として息づいているのかもしれません。

僕は幼少の頃から、自然の美しさというものに異常な魅力を感じていたらしく、思い出というものの大半は、自然につながるものばかりである。

『はるかなるヒマラヤ』坂本直行