本居 宣長(もとおり のりなが)1730–1801

江戸時代の国学者・本居宣長。その名を聞くと、多くの人は「もののあはれ」という言葉を思い浮かべるのではないでしょうか。

人の心が、出来事や自然に触れてふっと揺れ動く瞬間。その感情の動きをこそ尊いものとした宣長の姿勢は、時代を超えて私たちに響き続けています。

宣長という人

本居宣長は1730年、伊勢国松坂(現在の三重県松阪市)で医者の家に生まれました。幼い頃から書物を好み、京都で医学を学びながら古典に親しみました。その後、故郷に戻り医業を営む傍ら国学を研究し、『源氏物語玉の小櫛』や『古事記伝』といった大著を著しました。

彼が古典から導き出したのが「もののあはれ」という考え方です。『源氏物語』の中に流れる人の心の微妙な揺れや哀歓を読み解き、人生や文学の本質は「心が動く」そのこと自体にあると説きました。

宣長は、道徳や理屈で人を縛るのではなく、人が自然に感じる心の動きを大切にしました。儒学や仏教が盛んだった時代にあって、これは斬新で、人間らしい豊かさを肯定する思想でした。

私が惹かれる理由

私が宣長に惹かれるのは、まさにその「心を動かすこと」を尊んだ姿勢です。

日々の生活の中では、つい「正しい」「効率的」といった物差しで物事を判断しがちです。でも宣長は、そうした外側の基準ではなく、ただ自分の心が震える瞬間にこそ真実があると教えてくれる。

私自身、旅のなかで感じる小さな瞬間があります。

山道に咲いていた名も知らぬ花に心を奪われたとき。

見知らぬ人の笑顔に救われたとき。

説明がつかないけれど、胸の奥にすっと染み込んでくる感情。

それらはまさに「もののあはれ」そのものだと気づかされます。

また、宣長は言葉だけではなく、沈黙や余韻を大切にした人でもありました。私も、誰かと対話していて「言葉を尽くすよりも、静けさがすべてを解決してくれる」と思ったことがあります。その静かな力を思い出すとき、宣長の教えが重なります。


本居宣長に触れる ― 本居宣長記念館

三重県松阪市には、本居宣長を顕彰する「本居宣長記念館」があります。
自筆の書や資料、彼が愛した書斎「鈴屋」も保存されており、宣長の学問と思索に触れられる場所です。

  • 所在地:三重県松阪市殿町1536-7
  • アクセス:近鉄・JR松阪駅から徒歩約15分
  • 開館時間:9:00〜17:00(月曜休館)
  • 公式サイト: 本居宣長記念館

松坂城跡の緑に囲まれた静かな佇まいの中で、宣長の息づかいに触れられます。

もののあはれ

本居宣長が大切にした「もののあはれ」とは、出来事に触れて心が自然に揺れ動く、その瞬間のこと。

説明や言葉で解決しようとするのではなく、ただ沈黙の時間が流れることで、問題がふっとほどけていくこともあります。その静けさの中にこそ、人の心が深く動かされる「あはれ」があるのだと思います。

私にとっても、この「もののあはれ」は旅を続けるうえでの大切な指針です。出会いや風景の中で、心が揺れるその瞬間を見逃さずにいたい。そして、その揺らぎを大切に綴っていくことこそが、wasanpoを続ける意味なのだと感じています。