世界に『武士道』を伝えた人。日本の教育者・農学者・植民学者。盛岡藩士の家に生まれました。札幌農学校(現・北海道大学)で学び、クラーク博士の薫陶を受けてキリスト教に触れます。その後、アメリカ・ドイツへ留学し、農学や経済学を修めました。帰国後は東京女子大学の初代学長、津田塾大学の顧問など、教育者として、また農商務省や国際連盟の事務次長として国際舞台でも活躍。「世界に開かれた日本人」としての生き方は、今も多くの人に影響を与えています。
5000円札の人
新渡戸稲造といえば、5000円札の人。1984年(昭和59年)から2007年(平成19年)まで発行されていました。そして、樋口一葉、津田梅子と時代は移り変わりました。
幼い頃から身についた国際感覚
盛岡藩士の新渡戸十次郎の三男(末っ子)として誕生。野山を駆け回っていたといいます。新渡戸家は、江戸で材木商を営んでおり、西洋からの輸入したものに囲まれる裕福な家庭。その影響もあり、幼い頃から西洋に憧れを持つようになったのでしょうね。
わずか9歳で親元を離れて上京しました。13歳で東京英語学校へ入学。
明治天皇からのお言葉もあり、農学の道に進みました。キリスト教を学び、自分自身を見つけることが多くなり寡黙な青年となりました。
その後、アメリカに留学。日本に興味を持っている女性と出会い結婚。ドイツに留学。農業経営学博士となりました。
『武士道』を著した理由
新渡戸稲造が1899年に英語で著した『Bushido: The Soul of Japan(武士道)』がアメリカで発刊され、世界に日本人の精神を伝える書となりました。新渡戸稲造はまだ40歳にもなっていないときのことです。
欧米の友人から「日本人の道徳教育は宗教に基づかないのか」と問われたことが執筆のきっかけだと言われています。西欧の哲学と比較しながら、日本の精神文化の根底にある武士道を、誠実に、そして分かりやすい言葉で世界に示しました。
今に生きる「武士道のことば」
『武士道』は鎌倉時代から江戸時代にかけて武士の道徳観念。義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義といった徳目を基盤としています。
単なる歴史書ではなく、今を生きる私たちにも通じる自分に負けない心を磨く力を与えてくれます。
「義は武士の根本なり」「礼は人の心を和らげるものなり」「武士にとりて、名誉は生命より重し」
それらは、日常の中でどう生きるかを問いかけてきます。
私たちが小さな所作や判断を重ねるとき、その背後には心を磨く糧となる武士道の精神が息づいているのかもしれません。