庭の桜の木が、少しずつ赤く染まり始めた。光に当たると、ピンク色にも見える。
そろそろ山々の紅葉が美しいというニュースが気になる季節。少し遠出をして紅葉狩りを楽しみたいと思いつつ、なかなか実行できずにもどかしい気持ちでいる。

気温の低下や日照時間の減少などによって、木々の葉は色づいていく。今年の夏は暑さが厳しく、葉が焼けてしまうことも多かったようだ。紅葉に影響していないか心配していたけれど、多少の遅れはありつつも、各地で美しい紅葉が始まったと聞き、ほっとしている。

新芽のやわらかな黄緑も、真夏の濃い緑も、それぞれに美しく心癒される。
けれど紅葉は、癒しだけではなく、ひと味違う感動を与えてくれる。晴れの日も、雨の日も、台風の日も経て、内側から輝きを放つその姿は、まるで成熟した魅力そのものだ。

先日、六十代後半の女性と出会った。丁寧で嫌味のない化粧に、ほんのりと華やかさがあり、ちょっとした仕草が上品というより、むしろ可愛らしい。
私はといえば、すっぴんが美学だとでもいうように、ほとんど化粧っ気がなく、華やかさに欠ける。自分で言うのも憚られるけれど、若い頃はそれなりに綺麗だったと思うのに、いつの間にか怠けてしまったのだろうか。

庭の桜の葉を見ていて、その女性のことを思い出した。葉と同じように、人も歳を重ねてこそにじむ美しさがあるはずだ。彼女を見習って、少しは女らしくしてみようという気持ちになった。

静かに色づく葉のように、心もまた美しく熟していけたらと思う。

秋は、すべての葉が花になる、第二の春である

アルベール・カミュ(フランスの小説家 1913-1963)