群馬県六合地区にある花の公園「花楽の里」では、秋が近づくと、淡い紫色のフジバカマが一斉に花開く。
数年前のその日、花の前には人が集まっていて、みんな声をひそめながらカメラを構えていた。どうしたんだろう、と不思議に思って近づいた。そこには花の上をヒラヒラと舞う蝶々がいた。
近くでカメラを手にしている年配の女性に声をかけた。
「この蝶々を撮っているんですか?」
女性は、にっこり笑って答えてくれた。
「そうなの。すごいわよね。アサギマダラって」
そうか。この蝶は”アサギマダラ”なんだ。なんか聞いたことのある名前だ。
女性は、話を続けた。
「毎年、この時季にここに来るんですよ。私はいつも写真を撮りに来るの。こんなに小さな体で、どうやって海を超えてくるんでしょうね」
海を越えてやって来る。ということは、アサギマダラは蝶々なんだ。
アサギマダラが飛来してくるという話は耳にしたことがある。恥ずかしいのだけれど私は「海を越えるのだからアサギマダラは鳥なのだろう」と思い込んでいた。まさか、こんなに華奢な翅を持つ蝶だなんて。
アサギマダラは、台湾や八重山諸島などから数千キロの距離を渡って旅する蝶。春から夏にかけて北へ移動して、秋になると、南西に移動して越冬する。日本で唯一の渡り蝶だ。
翅が光を受けるたびにふわりと輝く。フジバカマの花の上をひらひらと舞う姿は、どこか夢の中の情景のようだった。その小さな翅が上下に動くたび、静かな山里に空気の波紋が広がっていく気がした。
その驚きと感動を伝えたくて、地元の知人に報告する、色々と教えてくれた。
「羽には撥水できるように油がついているんだよ」「毎年必ず、この村にも立ち寄るんだ」「あんなに小さな体で、どうやって海を超えてくるんだから驚きだよね」
その話を聞いて、胸の奥がじんわりと熱くなった。
晴れの日もあれば、雨の日もある。無風のときもあれば、強い風が吹きつけるときもある。苦しいだろう……。飛ぶのをやめたい日もあるだろう。
ただただ、目標に向かって飛び続ける。
その小さな姿に、心を撃たれる。大海原を越えていく力強さ。はかなげに見えて、実はしなやかでぶれない強さ。
私は、ちょくちょく目標を見失うところがある。そんな時はアサギマダラのことを思い出そう。
また会えるかしら。
もし会えたら、私はどんな気持ちになるのかな。そのときの私は、目標に向かって進んでいるかな。
アサギマダラは今年も、来年も、変わらず旅を続ける。私もまた、自分の旅を続けながら、この小さな季節の旅人に再び出会える日を心待ちにしている。
ここでもアサギマダラに会えるかも。
東京高尾山:春(5月頃)、秋(9月〜10月)
皇居東御苑:秋