音楽が流れると、暮らしに小さな安心がやってくる

毎週決まった曜日に、軽トラックで産みたてのたまごを売りに来てくれる。1時間ほど離れた場所にある養鶏場からやって来るのだ。

うちでは、そのたまご屋さんから毎週欠かさず買っている。音楽を鳴らしながら「毎度お馴染みのたまご屋です」とマイクで案内してくれるので、聞き逃さないように耳を澄ませて待っている。

今から25年ほど前のこと。

家の近くの空き地に、軽自動車を止めてウロウロしているおじさんがいた。少し怪しい人かもしれないと、犬の散歩をするふりをして様子を探りに行った。近づいてみると、トラックの荷台にはたまごが積まれていた。

目が合うと、おじさんは言った。

「このあたりでたまごを売りたいんですけど、ここに車を止めても大丈夫ですか?」

「大丈夫だと思いますが、こちらの方がいいかもしれません」

そこは空き地で問題はなかったけれど、家が少なかったので、より人通りの多い場所をおすすめした。

いったん家に戻り、母を連れて再びトラックへ。

「たまごください」

おそらく、私と母がこのご近所のたまご屋さんのお客第一号だったのではないかと思う。誰かに自慢することではないけれど、ちょっとした優越感が、私と母の胸の内に今も残っている。

あれから約25年。

当時おじさんが車を停めていた空き地には、新しい家が立ち並んでいる。トラックの定位置も少しずつ移動して、今はうちから200メートルほどの場所になった。

以前は“たまご係”だった母も、今はひとりでは買いに行けなくなったが、それでも毎週たまご屋さんが来るのを楽しみにしている。

販売係も、おじさんから息子さんに代替わりした。

一緒に待つご近所の人々も同じように歳を重ね、音楽が聞こえてから急いで家を出ても、トラックのもとにたどり着くのは一苦労だ。たまご屋さんもそれを分かっていて、ちゃんと待っていてくれる。常連が来ないと「あれ、〇〇さんどうしたのかな」と心配してくれるのだ。

以前、私が出かけていて母が買いに行かなかったときには、心配してわざわざ家のチャイムを鳴らして様子を見に来てくれたこともあった。いつの間にか、ちょっとした“見守り番”のような役目まで担ってくれていて、本当にありがたいと思う。

だから、

たまご屋さんの日は、大事な日。