谷中にある千代紙屋さん『いせ辰』の前を通りかかった。
最初は素通りするつもりだったのだけど、ガラス越しに見えたディスプレイの可愛らしさに心をつかまれ、ついふらりと店内へ。
いせ辰さんは、江戸時代末期に千代紙やおもちゃ絵の版元として創業した老舗。創業当初は神田岩本町に店を構え、江戸みやげとして多くの人に親しまれたそうだ。
江戸の千代紙は「江戸千代紙」と呼ばれ、浮世絵版画の技術を背景にした粋で華やかな柄が特徴。一方の「京千代紙」は、平安の雅を映した優美な文様が多く、どちらも日本の美意識を伝える小さな芸術だ。
店に入ると、棚いっぱいに並ぶ千代紙にすっかり心を奪われた。一枚一枚が、小さな絵画のように美しい。しかも可愛い。
買うつもりはなかったのだけど、いつの間にかどれにしようか迷っていた。今回は、黄色の地に青い藤の花が描かれた一枚を選んだ。
店員さんと千代紙の使い方について、あれこれ話していると、フランス人の観光客4人が、コーディネーターらしき日本人と一緒に入ってきた。彼らは、見るものすべてに感嘆の声をあげていて、その素直な反応が微笑ましかった。
賑やかになった店内。私はそそくさとお店の方に軽く会釈をして外へ。入るつもりではなかったのに、出るときには、なんだか幸せな気持ちになっていた。
千代紙の一枚一枚には、人の手の温もりと文化の記憶が宿っている。今回選んだ藤の千代紙は、ブックカバーにして大切に使おうと思う。