ニホンカモシカは天然記念物
旅先で出会う野生動物には、胸がキュンとなる。
群馬県六合村で、ニホンカモシカに遭遇したことがある。
最初は猪かと思ったが、どうやら違う。
灰色と黒のふわふわした毛をまとっていた。
ニホンカモシカだ。
ニホンカモシカは、5メートルほど離れた場所にいて、じっとこちらを見つめていた。私のことを怖がっているのだろうか。それとも、動けなくなってしまったのだろうか。一歩も動かず、目だけはこちらをとらえている。シャッターチャンスだと思い、斜めがけバッグに入れているカメラを取り出そうとした。しかし、たいていの場合、そうしている間に動物はどこかへ行ってしまう。もしかすると、襲ってくるかもしれない。いろいろなことが頭をよぎり、私も動けなかった。
ニホンカモシカと私は、しばらく見つめ合っていた。
あれ?動かないなあ。やっぱり写真、撮れるかも。そう思ってバッグをガサゴソしはじめた途端、山のほうへと歩き出した。
「待って!」
声を殺して呼びかけた。
聞こえるはずはないのに、カモシカは立ち止まり、こちらを振り返った。
「今だ!」
慌ててシャッターを切る。ピントが合わせる間がなかったけれど、とにかく撮った。カモシカは「もういい?」とでも言いたげに、くるりと背を向け、山の中へと消えていった。
その表情は穏やかで、可愛らしかった。
「ねえ、さっきニホンカモシカ見たよ」
その日、興奮気味に地元の友人に伝えたが、返ってきたのは「ああ、よく見かけるよ」というそっけない言葉だった。そして、ニホンカモシカは穏やかで襲ってこないこと、天然記念物に指定されており、許可なく触ったり、危害を加えたり、殺したりしてはいけないことを教えてくれた。
ニホンカモシカは、自分が天然記念物で守られていることを理解しているのだろうか。野生動物にしては、あまりに無防備に思えた。とはいえ、まれに襲ってくることもあるらしい。見かけたら、静かに立ち去るのが正解だ。
後日、東京の友人にカモシカとの出会いを自慢した。ふわふわの毛に覆われていて、私の知っている「シカ」とはまったく違う姿だったのだと話すと、「すごいね!」と喜んでくれた。
そして、ニホンカモシカは「シカ」ではなく、「ウシ」の仲間だという。なんでそんなことまで知っているのかと聞くと、数日前にテレビのクイズ番組で出題されていたのだという。何も知らなかったのは恥ずかしかったけれど、何も知らなかったからこそ驚きは大きかった。
今度また出会えたら、もう少し落ち着いて行動できるだろうか。